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北広協ニュース

2018.12.21北広協ニュース193号

『VOICE』(株)新生 札幌本社 営業部 西保 貴博さん


皆さま、はじめまして。株式会社新生で営業を担当しております西保貴博と申します。
前職では接客業でしたが、あるときより広報にかかわる業務を行うようになり、広告の内容で見た方の心を揺さぶり、行動にも影響を与えることのできる広告というものの魅力に惹かれ、より本格的にこの業界で働きたいという思いから転職し、現在に至ります。
最初は何もかもが新鮮でわからないことばかりで、入社から3年が経った今でもまだまだ未熟者ではありますが、営業として担当するお客様の課題のヒアリングから企画の提案を行い、先輩や上司から戴くアドバイスから「私たちはお客様のパートナーとして、それぞれの企業や団体の一員として問題解決に一緒に取り組んでいく」という信念を胸に、お客様と向き合い頼られる存在になることを目標に日々取り組んでおります。
広告業界は本当に幅広い知識や経験が必要だと感じており、様々な事に興味関心を持ち、目まぐるしく変わり続ける世の中に常にアンテナを張り、少しでも多くの方の心に響く広告を生み出す立派な広告マンになることを目指し、これからも精進してまいります。

株式会社新生 札幌本社
営業部
西保 貴博(にしぼ たかひろ)

『明日へのベクトル』 広告人が成長を続けていくために。
マーケティングプランナー 臼井 栄三



高校を中退。紙コップのセールスマン、バンドメンバーなど職を転々として、50歳のときはミルクセーキ製造機の販売者。そんな経歴を聞いたら、誰もこの男が後に世界的な企業の創始者になるとは思わないだろう。
男は、8台ものミルクセーキ製造機を購入したカリフォルニアのハンバーグ店に興味を持つ。52歳のとき、男はマクドナルド兄弟が経営するこの店に行き、その手早さと清潔さと低価格の事業形態に感銘を受ける。男はこの事業形態は全国展開できると考え、マクドナルド兄弟とフランチャイズ契約を結ぶ。1955年、男は53歳のときに直営のシカゴ店を開いた。瞬く間に全米展開を進め、その5年後にはアメリカ全土に200店舗以上がオープンしていた。
1961年、59歳の男はマクドナルド兄弟から270万ドルで事業を買い取った。今日、男が始めた事業は世界で約3万6千店、年間16億食以上の外食フランチャイズチェーンになっている。
男の名はレイ・クロック。昨年、映画『ファウンダー ハンバーガー帝国のヒミツ』が日本でも公開されたから、知っている人もいるだろう。映画では、レイ・クロックとマクドナルド兄弟が何度も衝突する場面もある。レイ・クロックのやり方を「えげつない略奪行為」と言う人も多く存在する。しかし、彼がいなかったら、世界約120ヵ国で展開するファストフード店は生まれなかっただろう。
彼が残した言葉の一つを紹介しよう。「自己を未熟ととらえることができれば、いくつになってもみずみずしさを失わず、成長を続けていくことができる。」 食の変化を予見し、50歳を過ぎてからマクドナルドのビジネスを始めた、レイ・クロックならではの言葉だ。
自分の成長を諦めたときから、人は時代に取り残され始める。常に時代の半歩先を進むのが広告人だ。自己を未熟ととらえて、広告人は絶えず成長していきたい。そこから、チャンスも生まれてくる。

マーケティングプランナー
臼井 栄三

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