『明日へのベクトル』 地域の資源を見つめ直したい。 マーケティングプランナー 臼井 栄三



秋の味覚を楽しもうと、ケーキ屋に行った。栗が美味しい季節、ねらいは当然モンブランである。並んだケーキの中に二種類のモンブランがあった。ほぼ同じ大きさで片方は400円台、もう一方は600円台である。後者のモンブランには「やまえ栗使用」と書かれていた。このやまえ栗には、挫折と復活の印象深いストーリーがある。
やまえ栗は熊本県南部の山江村で産出される。土壌に恵まれた南向きの傾斜地で栽培され、朝夕の寒暖差で糖度の高い栗が生まれる。剪定や下草刈り、収穫の仕方など手間暇かけられた栗は「日本一」と言ってもいいだろう。昭和50年代、やまえ栗は昭和天皇への献上栗になるほど、絶対の品質を誇っていた。
しかし、約30年前の平成4年に地域一帯の農協が統合され、山江村のJAは消滅。やまえ栗という名前は使われなくなり、周辺産の他の栗と混ぜられて「球磨栗」として出荷された。当然のことながら卸値は急落。これでは生活できないと、山江村では栗農家を諦める人も出てきてしまった。やまえ栗は消滅の危機にさらされていた。
平成21年、地元出身の一人の男性がやまえ栗復活ののろしを上げる。会社名を「やまえ堂」として、村の小さな農家から仕入れ、やまえ栗を使った商品開発を始めた。やまえ栗独特の渋皮煮、栗きんとん、はじけ栗を使ったかりんとう「栗んとう」などが、少しずつ人びとの人気を集めていく。フラッグシップとして1個2,000円の栗を発売し、テレビで話題を呼んだこともある。
有名レストランやJALファーストクラスの機内食デザートにも採用されるなど、栄光のブランド「やまえ栗」は復活。今では100軒以上の農家が、やまえ堂に栗を納めている。復活の仕掛け人は、いま栗農家の後継者づくりをはじめ、栗農家支援に乗り出している。
この半世紀のやまえ栗の浮沈は、私たちに「地域でできること」の示唆を与えている。地域の資源を見つめ直すことで、地域の宝を大きく育てられないか。私たちの眼力と実行力が問われている。

マーケティングプランナー

臼井 栄三