『明日へのベクトル』 広告人が成長を続けていくために。 マーケティングプランナー 臼井 栄三
高校を中退。紙コップのセールスマン、バンドメンバーなど職を転々として、50歳のときはミルクセーキ製造機の販売者。そんな経歴を聞いたら、誰もこの男が後に世界的な企業の創始者になるとは思わないだろう。
男は、8台ものミルクセーキ製造機を購入したカリフォルニアのハンバーグ店に興味を持つ。52歳のとき、男はマクドナルド兄弟が経営するこの店に行き、その手早さと清潔さと低価格の事業形態に感銘を受ける。男はこの事業形態は全国展開できると考え、マクドナルド兄弟とフランチャイズ契約を結ぶ。1955年、男は53歳のときに直営のシカゴ店を開いた。瞬く間に全米展開を進め、その5年後にはアメリカ全土に200店舗以上がオープンしていた。
1961年、59歳の男はマクドナルド兄弟から270万ドルで事業を買い取った。今日、男が始めた事業は世界で約3万6千店、年間16億食以上の外食フランチャイズチェーンになっている。
男の名はレイ・クロック。昨年、映画『ファウンダー ハンバーガー帝国のヒミツ』が日本でも公開されたから、知っている人もいるだろう。映画では、レイ・クロックとマクドナルド兄弟が何度も衝突する場面もある。レイ・クロックのやり方を「えげつない略奪行為」と言う人も多く存在する。しかし、彼がいなかったら、世界約120ヵ国で展開するファストフード店は生まれなかっただろう。
彼が残した言葉の一つを紹介しよう。「自己を未熟ととらえることができれば、いくつになってもみずみずしさを失わず、成長を続けていくことができる。」 食の変化を予見し、50歳を過ぎてからマクドナルドのビジネスを始めた、レイ・クロックならではの言葉だ。
自分の成長を諦めたときから、人は時代に取り残され始める。常に時代の半歩先を進むのが広告人だ。自己を未熟ととらえて、広告人は絶えず成長していきたい。そこから、チャンスも生まれてくる。
マーケティングプランナー
臼井 栄三
臼井 栄三