『明日へのベクトル(連載113)』 メッセージは、どんどん会話に近づいていく。 マーケティングプランナー 臼井 栄三



20世紀後半は、広告文化が鮮やかに花開いた時代だ。名コピーと呼ばれるキャッチフレーズも次々と現れた。思いつくまま挙げてみよう。

「おいしい生活。」「くうねるあそぶ。」「その先の日本へ。」「なにも足さない。なにも引かない。」「そうだ 京都、行こう。」・・・

北海道のコピーなら「試される大地。」を思い浮かべる人も多いだろう。心に残る名コピーは、人によってさまざまだ。広告はその人が生きてきた時代や社会を、くっきりと映している。

さて、上に挙げたコピーだが、すべて末尾に句点がついている。1970年代頃から、キャッチフレーズの末尾を「。」で終わらせるのが目立つようになった。僕がコピーを創っていたときも、句点を当たり前のようにつけていた。「。」がないと、コピーに締まりがない気がして、とにかく句点をつけることにはこだわった。

ところが今、若者がコミュニケーションで「。」を嫌っているという。主にチャットやLINEなどのSNSでのやり取りの話だ。「了解です。」「連絡ください。」などと句点をつけると、若者はそれを威圧的に感じるという。「マルハラスメント」などという言葉もささやかれている。どうも「。」の雲行きがあやしい。

僕も学生に聞いてみた。たしかに「怖い感じがする」「拒絶されている気がする」と言う学生もいた。一人の男子学生の「マルを打つ間に送信していますよ」の言葉が印象的だった。

メッセージを限りなく短くして、リアルタイムでやり取りする若者たち。そこに、句点の入る余地はないのかもしれない。逆にマルが入ると、それに特別な意味を感じてしまうのだろう。

だけど、これはSNS上の話だ。メッセージを会話と考えればいいのではないだろうか。若者たちだって、レポートにはちゃんと「。」をつけている。あまり目くじらを立てなくてもいいと思うのだが。



マーケティングプランナー

臼井 栄三