『明日へのベクトル(連載123)』 時代にしなやかに対応する地域へ。 マーケティングプランナー 臼井 栄三



東京への一極集中が止まらない。東京都の最近の人口は1430万人。日本の人口の約12%だ。これに埼玉、千葉、神奈川県を加えた東京圏では約3700万人となり、全国の30%を占める(2025年現在)。世界でも指折りの人口が多い都市圏である。

そんな東京都だが、1869年に遷都されて以来、常に人口が最も多かったわけではない。日本で初めて人口統計が行われた1872年(明治5年)、最多人口は広島県だった。当時の産業振興策によって広島県は紡績業の拠点となり、また海運の一大中継地でもあった。現代とは違って、国内の物流でも船が大きな役割を果たしていた。

翌年の1873年には愛知県の人口が1位になり、74年からは新潟県が最多になる。「海の商社」とも言われる北前船の主要拠点であり、農業では稲作に適した地域だったのが大きい。石川県や大阪府が1位になることもあったが、新潟県は1896年まで人口日本一だった。

東京都(1943年まで東京府)が1位になるのは、1897年(明治30年)からである。以後、現在まで東京都の人口が日本一なのだが、一度だけ1位ではなかった年がある。1945年(昭和20年)だ。東京大空襲があり、第二次世界大戦が終結した年である。

なんと、この年は北海道が人口日本一だった。当時の北海道の人口は約352万人で、東京都は349万人。戦争が都市部からの多くの疎開者を生み、北海道などが疎開先になった。北海道が、当時のエネルギーの主役だった石炭を産出する地だったことも影響した。

こうして明治時代から現代までを辿ってみると、地域の勢いは産業の変遷や交通・通信の進歩、非常事態などさまざまなことの影響を受けることがわかる。繫栄する東京も、その地位が不動とは言い切れない。どんな変化が起きても、時代にしなやかに対応する北海道であってほしい。したたかな対応力が、地域に求められている。



マーケティングプランナー

臼井 栄三