“怒り”との向き合い方 株式会社 新生 営業部 山本 凌之

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15年も麻雀を打っていると、神を呪いたくなるような理不尽がたびたび襲ってくる。

自分なりに期待値の高い行動をとっているはずなのに、どうやってもほかのプレイヤーが先行して、永遠にゲームの主導権を握れないあの状況だ。

怒り・悲しみ・絶望・嫉妬、あらゆる感情が血管中を駆け巡り、
脳内ではすでに100回ほど雀卓をひっくり返すシミュレーションを終えている。

怒りにかられた人間は、外部から見たら実に滑稽なもので、
「確率が操作されている」だの「他家(他プレイヤー)が俺をはめようとしている」だの、この種の不確実性について、実に他罰的な陰謀論者へと変身する。

私はいわゆるアンガーマネジメントを学んだことはなく、
“正しい怒りの治め方”を知らない。今でも模索中である。

麻雀のスランプ時期に“ライオンキング”の名言「ハクナ・マタタ(問題ない)」と頭の中で繰り返し唱えてみたことがある。

親殺しの濡れ衣を着せられ、サバンナの故郷を追い出された子ライオン・シンバに、
行きずりで知り合ったミーアキャットのティモンが発した人生訓だ。

「倍満をツモられても、ハクナ・マタタ」
「役満テンパイが1000点で流されても、ハクナ・マタタ」

この作戦はすぐに頓挫した。“ハクナ・マタタ”では学びがないのだ。
学びと分析がないがゆえに、スランプの本質が分からず、苦しい状況から抜け出すことができない。どんどん正体不明の怒りが蓄積し、やがて爆発する。
問題は大ありだ。

結論を言うと、
どんな真言を唱えるより、麻雀の期待値を分析・実践してPDCAを回していくのが、やはりアンガーマネジメントに効果的であるというのが個人的な最有力説だ。

自分の状態が分かれば、ただ運が悪いだけなのか、自分が期待値の低い行動をとっていたのかを切り分けることができ、心が“納得”で満たされる。
心が“納得”で満たされれば、理不尽という感覚は薄れ、自ずと相手へのリスペクトにもつながっていく。

こと麻雀という運が絡むゲームにおいてコツコツ勉強・実践できるプレイヤーは意外に少ない。少なくとも将棋・囲碁のようなゲームのプレイヤーよりは努力嫌いな人間が多いだろう。(私もその一人)

もし相手へのリスペクトを欠き、舐めたプレイをしようものなら、ゲームが反転攻勢したときに「こんなやつにこの俺が負ける・・・!?」
といった怒りと失望が、五臓六腑を包み込み正常な動きが取れなくなる。
そうしたらゲームは“詰み”である。

他人を罰する前に、まずは等身大の自分を理解し、常に実践する。
そして相手には謙虚であり警戒を怠ってはいけない。
実に耳の痛い話である。