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「走る」ということ 株式会社 北海道毎日サービス 草野和彦

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失敗から何を学ぶか。これが50代最後の夏のテーマだ。
 両足の付け根が痛み出したのはスタートから10キロを過ぎたあたりだった。昨年8月31日に開催された北海道マラソンでのことだ。足が重く、体を思うように前に運べない。ハーフを含めて何度かマラソンのレースに出場してきたが、こんなに早い段階で体に異変を感じたことはなかった。最高気温が25.7度まで上がった中でのレース。そのうち給水所のだいぶ手前から歩くようになった。結局、30キロを制限時間の4時間以内に突破できず、レースは強制終了。バスに収容され、ゴール地点に向かった。
 完走できなかったレースは初めてだった。バスの車窓の風景をぼんやと眺めながら、むなしさがこみ上げていた。「どうしてこんなことになったのだろう」。
 ランニングを始めたのは50歳を過ぎてからだ。理由を一言でいうと「健康のため」だが、それを継続できたのは妻が誕生日プレゼントに買ってくれたスマートウォッチの存在が大きい。それまでも体調管理のため週1程度走ることはあったが、スマートウォッチによって走った時間と距離とが可視化され、「もっと速く」「もっと長く」という動機付けになった。
 精神面への効用も大きかった。ランニング中は余計なことを考えず、思考がシンプルになった。朝のランニング中に仕事上の課題解決の糸口を見つけることが増えた。
 ランニングが日課になった私がレースに目を向けるようになったのは自然な流れだったのかもしれない。会社の同僚と一緒に出た駅伝レース、ハーフ、30キロに続いて、2023年には初めてのフルマラソンに挑戦し、完走した。陳腐な表現だが、「やればできる」を実感した。
 2年前の4月、東京から札幌に転勤となった。最も気になったのは仕事のことより、冬の間のランニングをどうするかということだった。冬用のランニングシューズがあり、それに装着タイプの滑り止めを使用すれば道路が多少凍っていても走れることが分かり、実際にそうした。「北海道にいた証」として、翌年の北海道マラソンをターゲットに定めた。
 雪解けとともに走行距離は延び、昨年5、6月と月間走行距離が300キロを突破した。それまでは月間200キロ台だったから、かつてない練習量をこなせていた。
 その「代償」か、7月に入ると右臀部の深層筋に痛みが出始めた。正確に言うと、臀部に違和感がありながらも走り続けていた結果、椅子に座っただけで痛みを感じるようになった。鍼治療を受けつつ、走る量も速度も抑えるようになった。まったく走らない日もあった。8月の走行距離は100キロにも満たず、痛みは最悪時を脱していたとはいえ、まだ残っていた。
 だから、本番のレースで臀部に痛みが出始めたのは想定内と言えた。だが、両足の付け根の痛みはまったくの想定外だった。体のいろんなところのバランスがおかしくなっていたのかもしれない。「過去一の練習を積んでレースに臨んだ結果がこれか」。収容されたバスの中ではまだ現実を受け入れることができないでいた。
 その後、自問自答する中で気づいたのは、「距離を追い求めた過ぎていた」ということだった。本来の目標は北海道マラソンを完走し、できれば自己ベストを出すことだった。ところが月間走行距離が伸びるにつれ、300キロを突破すること自体が目標になっていた。これまで達成したことのない300キロ台に突入すれば本番のレースでの完走はもちろん、自己ベストも間違いない。だから、臀部に痛みがあっても300キロを突破しなければならない――。近視眼的で、根拠のない思考にとらわれたことが、本来の目標を遠ざけることにつながったと思い至った。
 臀部の痛みが治まり、再び走り始めたのはレースから3カ月以上過ぎてからだった。それからは「距離を追う」ことをやめた。スマートウォッチを使うが、それは走るペースや走行時間を確認するためだけにした。走り慣れた練習コースであれば走行距離は大体わかるし、「今日は10キロ走る」といった具合に、距離を基準にその日のランニングの計画を立てないようにした。累積の走行距離がわからないようにスマートウォッチのデータも保存しないようにした。
 その一方で、「体との対話」を重視するようにした。痛みが出そうな予兆があれば躊躇なく、その日は走らないようにした。痛みがなくても平日は週に1日、土日もいずれかは走るのを休むようにした。フォームも自分なりに改善した。
 こうした取り組みがベストだったかどうかは分からない。ただ、8月に入ってからも臀部に痛みは生じておらず、昨年同時期よりコンディションがいいのは明らかだ。本番のコースを使った30キロの試走をすることもできた。あとは8月30日の北海道マラソン当日をけがなく迎えるだけだ。
失敗すればそれを教訓とし、アプローチの仕方を変えて目標に向かう。これはあらゆる面に通じる大事なことだろうし、昨夏からの1年間はそのことを学ぶために必要な期間だったと考えるようにしている。そして何より、身をもって知ることができたという点においてランニングを続けてきてよかったと思う。

北海道博報堂山﨑「1%の男」

 北海道広告業界の皆様、日々のお仕事、お疲れ様です。北海道博報堂3年目の山﨑憲征と申します。

 突然ですが、タイトルにあるこれ、何を表す数字だと思いますか…? 「すすきので打率10割のモテ男?」 「真冬のツルツル路面で一度も転ばない道民の割合?」……どれも違います。正解は、「日本でベンチプレス100kgをあげることができる人口の割合」です。

 本日は、私がこの「1%の男」になるまでの血と汗とプロテインの道のりと、筋トレが我々にとって最強のスキルであることを紹介します。

 わたしがジムの門を叩いたのは、道産のおいしい食材たちと美味しいお酒で育った「わがままボディ」に危機感を覚えたのがきっかけでした。久しぶりにベンチプレスに挑んだ日。

バーに20kg×2のプレートをつけた合計60kg。余裕だろうとドヤ顔で持ち上げた瞬間、生まれたての子鹿のように腕がプルプルと震え、マッスルメモリーが作動しない状態に。

※マッスルメモリーとは…過去に部活動などで鍛えていた時の筋肉の記憶。

 そこからの道のりは、まさに「体を使った終わりのないコンペ」です。

 まずは体重の増量からスタートです。筋トレはもちろん大事ですが筋肉をつけるにはまず体重を増やす。いわゆる増量期(食事トレーニング)を避けては通れません。1日3食を5食に、体重の2倍のタンパク質摂取など、とにかく体重をまずは増やします。2025年12月から始め3月には62㎏から69㎏(+7kg)の増量に成功しました。その間は体も大きくなりますが、顔もパンパンになります…。未来の投資だと思って我慢することが大事です。

 次に筋トレについてです。仕事があるため筋トレのメニューもかなり工夫が大事になってきます。私が一番フィットしたのはPPL法というものです。Pull・Push.・Legといった引くトレーニング(背筋・三頭筋)、押すトレーニング(大胸筋・上腕三頭筋)、下半身トレーニング(大腿四頭筋、ハムストリングスなど)これを週に3日間で分けてトレーニングします。仕事が忙しくても3日×1時間の合計3時間。1週間のうち3時間で十分ということです。

 次に記録管理です。ここでの記録は「体重」と「扱える重量」のことを指します。結果が実らず体重も扱える重量も伸びず数値から逃げたくなる日ももちろんあります。それでもしっかりと向き合うことが大切です。わたしは、とにかくしっかり数値を記録し続けました。

スマホアプリや体重計(Bluetooth付)のおかげでストレスなく実施できました…。便利な時代だなと改めて感じました。(笑)

 そこからはひたすらPDCAを回す日々です。日々の食事・栄養管理と扱える最大重量の80-90%での高重量トレーニング。訪れる停滞期との我慢比べ。ベンチプレスは90kgを越えた辺りから停滞期が訪れます。約1か月半~2か月程度90kg-97.5kgで苦戦しました…。そんな試行錯誤を5か月続けたある日。ついに100kgのバーベルが、スッと胸から持ち上がりました!ジムの中心で歓喜の雄叫びを上げ(心の中で)、私はついに「日本人の1%」の称号を手に入れたのです。

 振り返ると食事管理や栄養学を0から学び、SNSやYouTubeでトレーニング方法を学び、時には外国人のマッチョや同じサラリーマンのトレーニーを見てモチベーションを保つなど、かなり必死になって頑張っていたなと思います。(笑)

 少し話はズレますが、一見、筋肉と働くことは無関係と思われますが、意外と近いものもあるような気がします。

 新卒入社でこの業界にきて3年目。様々なことを日々学んでおります。大事なことは様々ありますが、お客様である企業や北海道の状況などの深い理解、計画、実行、分析といったPDCAがとても重要なのではないでしょうか!今回の5か月間の挑戦で筋トレで仕事との共通点も発見できました。筋肉がつくだけでなく気づきもあったということです(笑)

 ということで、北海道の広告業界の皆様。 明日は素晴らしい企画と、自分史上最高重量のバーベルを、一緒に高々と挙げていきましょう!

 1%の人間になりたい!もっと詳細について聞きたい!合同トレーニングからおすすめのプロテイン、コラムの感想などご連絡お待ちしております!

ご連絡はこちらから→kensei.yamazaki@hakuhodo.co.jp

株式会社 北海道朝日広告社 坪井陽汰

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皆様はじめまして。北海道朝日広告社、社会人4年目の坪井です。まだまだピンピンの若手として日々奮闘しております。

私は小学生から大学まで野球一筋、ポジションはずっと投手でした。エースとしてマウンドを任せていただくことが多かったですが、「絶対的エース」というよりは、なんとか試合を壊さないように粘るタイプの投手だったと思います。

正直に言うと、私はいわゆる本格派ではなく、球速はそこそこ。どちらかと言えば“打たせて取る”技巧派でした。豪速球でねじ伏せることはできない分、打者の癖や過去の対戦、その日のスイングや反応を観察しながら、「どう打たせるか」を必死に考える毎日でした。
ストレートで見せて変化球で崩すのか、それともあえて逆を突くのか。強気に攻めるのか、慎重にかわすのか。一球ごとに意図を持ちながら投げてはみるものの、もちろん読みが外れて痛打されることも多く、「今のは打たれる球じゃなかったはず…」とマウンドで一人反省会をしていた記憶もあります。

それでも結局は、相手をよく観て、考えて、また投げるしかない。この繰り返しでした。
現在は広告代理店で営業の仕事に携わっていますが、この“技巧派スタイル”は意外なほど今の仕事に活きています。クライアントごとに課題や状況は異なるため、最適な提案もそれぞれ変わります。事前の情報収集を大切にしながら、実際のコミュニケーションの中での反応や温度感を踏まえて提案を磨き上げていく。この感覚は、まさにピッチングそのものだと感じています。

渾身のストレート(のつもりの提案)があっさり見送られることもありますが、そんな時こそ配球の組み立て直し。球速では勝負できなかった分、しつこさと観察力だけは磨いてきました。

かつて野球で培ったこのスタイルを武器に、今度は広告業界というフィールドで信頼される存在を目指したい。そして相手をよく観て最適な一手を投じられる“営業のエース”になれるよう、日々精進していきます!

株式会社ピーアールセンター 営業局 土谷俊祐 「アナログについて」

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18歳で上京したとき、最初に行きたかったのは西新宿のレコード屋だった。それまでは雑誌でしか見たことがないレコードが欲しく、空港からその足で向かった。レコード独特のカビ臭さが蔓延する暗い店内に、レコードがぎっしりと並んでいた。当時はまだぎこちない手つき(今は引くほど速い)で、指先でパラパラとめくっていく。ジャケットを見て、値段を見てまた戻して、また取り出す。
最初に感動したのはジャケットの大きさだった。雑誌の中で2センチ四方程度だったジャケットが、目の前に30センチ四方で現れた時には本当に感動した。

正直なところ、あの頃も今も「アナログの音の深み」なんかはよく分かっていない。

サブスクで何億曲も聴ける時代に、なぜわざわざレコードなのかをよく聞かれる。いつも答えに困る。サブスクの方が楽だし、どこでも聴けるし最高だ。レコードはかさばるし、繊細だし、何かと面倒くさい。人間もそうだが面倒くさいものこそ、ちゃんと向き合ったりする。レコードを聴くには手間がかかる。棚から盤を選んで、ジャケットから取り出して、ターンテーブルに乗せて、針を落とす。曲のスキップは出来ないし、シャッフルもできない。A面が終わったら、さっき座ったばかりの椅子からまた立ち上がって、自分の手でひっくり返しにいかなければならない。この手間が音楽と向き合う姿勢をつくったりもする。「ながら」ではできない手間が、こちらを真剣にさせるのかもしれない。
デジタルの時代は、あらゆるものを「速く」「便利に」してくれた。それはたしかに豊かさだ。でも何かを失った感覚もある。「待つ」こと、「手間をかける」こと、「探し選ぶことに時間を使う」こと。そういうわずらわしさの中にある豊かさが、じわじわと日常から消えていった気がする。レコードはまだそれを守り続けている。針がビニールの溝をなぞり、音が空気を震わせ、耳に届くまでの物理的なプロセスは、何十年前から何ひとつ変わっていない。
50手前になった今、部屋の壁はレコードで埋まり、そのうち床が抜けるのではないかと、最近は倉庫も借りた。これだけの枚数があっても、どこに何があるか把握しているのは、一枚一枚に買ったときの苦労など、その頃の自分の生活が染み込んでいるからかもしれない。

結局のところ、何が言いたいかも分からなくなってきたが、レコードをひっくり返すことを、30年間苦に思ったことがない。「面倒くさい」と言いながら、やめる気も全くない。古い物事はめんどくさいとよく言われるが、それはレコードのことか、自分のことか、たぶん両方だろう。

株式会社 VARIONE 社長付社長室長 藤原裕倫

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皆様お久しぶりです、その節は大変お世話になりました、HAAAの前事務局長藤原でございます。
 今は縁があって㈱バリオンのメンバーとして微力ながらお手伝いをさせていただいております。私はご存じの通り特に趣味も無いただの酒好き男ですが、実は密かに陶芸や現代アートが大好きで僅かですが作品もコレクションしています。

先日SCARTSで私の盟友である端 聡氏が主宰するユニークな現代アートのパフォーマンスステージの開催案内を頂き妻と行ってきました。アーティストは別紙新聞記事の通りとてもユニークなキャスティングで、バッハという文字はあるもののクラシックからは程遠く音楽と映像とパフォーマンスの全てアドリブセッションという完成形がイメージ出来ないものです。
 私にとっての現代アートは理解することよりも受けた刺激をそのまま脳で受け取って楽しむという、言わば脳のカンフル剤の様なものです。
 従って当然ながら「現代アートとは?」という疑問に「正解など無い」と思っています。
 別な言い方をするならば、1920年代のドイツのヨーゼフ・ボイスという現代美術家は、「人間はすべてが社会彫刻家である」と表現しました、これは全ての人間が社会に何らかの影響を与えている微生物の様な存在で社会を彫刻しているという事です。
 そうです…私たちも現代アートの作家という事です!!!

広告の作業も過去に経験したことのみを頼りに、経験したことの無いことを振り向かずに進めてはいないでしょうか。今一度、経験などで得た知識のみに頼らず…何も分かってないかも知れないという立ち位置に戻って挑戦的に分からないことを再認識して考えてみると、新たな広告の可能性が見えてくるかも知れません。
改めて皆様のご活躍と弥栄なる新年をお迎えになられることを祈念いたします。

株式会社ノヴェロ 村田和法

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目標「日本代表」。JAPANのジャージを着て世界大会に出場する。趣味の自転車の話です。
現在62歳の私が自転車を始めたのは20年余り前、40歳の記念に自分にご褒美をと購入したのがロードバイク。それまでも自転車には乗っていましたが、次元の違いに驚きました。4月に納車して、最初は札幌近郊を50kmほど楽勝。次に支笏湖往復100㎞ほど、楽勝とはいかないけど行けちゃう。「いったいどこまで行けるんだろう?」150㎞・200㎞と距離を延ばし、夏至の土曜日に「日のあるうちに」と稚内を目指しました。すっかり日が暮れての到着ながら、360㎞を1日で走破。翌日は疲れで寝坊し、大雪山登山中だった現社長に旭川で拾ってもらうという失態を含めて、忘れられない思い出。それまで不摂生の塊の典型的な昭和サラリーマンの自分、1日3箱以上吸ってた煙草を止められたのも、もっと速く、もっと遠くに行きたかったから。
2年目からは制限時間内に200㎞~1200㎞以上を走破する、フランス生まれのブルべというイベントに参加してましたが、睡眠欲に抗えない自分は、600㎞ブルべに参加した時「これ続けたら死ぬな…」と思い知り、興味は長距離からレースへ。以来、道内外のレースにチャレンジしています。
そして「日本代表」の話。UCIというプロの世界選手権を主催する自転車競技団体が、アマチュアのための世界大会「UCIグランフォンド世界選手権」を毎年どこかの国で開催しています。来年2026年は日本で初めてその世界大会がニセコで開催されます。出場資格は各国で開催される予選会で上位25%以内。5歳毎の年齢カテゴリーなので、そんなに狭き門じゃないですが、初の国内大会とあって全国の猛者が集まる激戦になるのは確実です。来年6月に福島で行われる予選会を目指していますが、下見を兼ねた今年9月の同レースでは25%に届かず。危機感を覚え、ChatGPT先生にトレーニングメニューを組んでもらったところ、きっついワークアウトが週5日!フルタイムワーカーがそんなの無理と思いますが、最近はバーチャルトレーナーなるものがあり、室内で早起きしたらワークアウトできちゃいます。というわけで早朝からMAXに心拍数上げる、身体にいいんだか悪いんだかわからない日々を送っています。
 こうして並べると、ちっとも楽しそうじゃないですが、これがべらぼうに楽しいんです。特に楽しいのは、休日仲間と行くロングライド。北海道の素晴らしいロケーション、行ったことが無い場所に行くワクワク、朝早くから夕暮れ迄走って、みんなへとへとなのに顔はニヤニヤ。溢れる多幸感はまるで小学生の頃の夏休み気分!なんて幸せな62歳!それをかみしめながら今日も朝から心拍上げてます。

日本経済社 札幌支社 赤澤千佳男

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約1年半前、東京からの転勤で57歳にしてはじめて札幌で生活することになりました。札幌ではこの2年間、比較的雪が少なかったそうですが、寒がりの私にとって北海道の冬の寒さはとても厳しくつらいものです。一方、夏の北海道は、東京や名古屋に比べると快適そのもので、道民の皆様は「最近のこの暑さは北海道ではない!異常だ!」と口をそろえておっしゃりますが、強い日差しの中でも時より吹いてくる風は、遠い昔の夏休みにどこかの山で感じた空気を思い起こさせて懐かしい気分になります。また、初夏から真夏にかけて19時を過ぎてもいつまでもうすら明るい夜はなぜか気持ちが高ぶり、ビールの杯も自然と増えます。夜になるとちゃんと気温が下がって寝苦しくないのも東京や名古屋と違っていいですね。夏の北海道は大好きです!!
そんな気持ちの良い夏の北海道を目指して今年も何人かの友人が訪ねてくれました。ゴルフやエスコンフィールド、小樽などをご案内して、夜は海鮮かジンギスカン、というのが定番コースですが、札幌ならではと意外!?とオヤジ達に評判がよかったのがススキノの締めパフェです。
締めパフェについて少しレポートさせていただくと、お店はカフェというよりはバーで、カウンターの奥にはウイスキーなどたくさんのお酒も並んでいます。盛り付けも生クリームたっぷりにフルーツとクラッカーとは違って、カクテルグラスに盛り付けられたショートケーキ風で、ほろ苦いキャラメルアイスやコーヒームースは美しくアダルトな雰囲気です。オヤジたちも100%スマホで映え写真を撮ります。お店によってデコレーションやテイストはちょっとずつ違うので、その違いを何回も楽しむこともできます。きっと北海道に来た時くらいしかパフェを食べる機会などないので、いい土産話になっているんだと思います。
まだまだ不慣れな土地ですが、北海道(札幌)ならではの楽しみ方、是非、ご紹介してください。

株式会社道新サービスセンター 広告営業本部 三瓶 卓弥 「ラーメンと私の歩み」

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道新サービスセンターの自称三瓶卓弥と申します。自称インスタグラマーの者です。
インスタグラムに触れたことが無かったのですが、仕事で関わったインフルエンサーの方をフォローしたところ、きれいな女性ですが、美容やファッションよりやたらラーメン寄りだなと。権藤権藤雨権藤みたいに、ラーメン・ラーメン・カレー・ラーメンくらいの体感だったので、私もラーメンさえ食べておけばインフルエンサーになれるのではないかと思い込み、去年からひたすらラーメンを投稿しはじめました。最初は社内や親戚筋しかフォロワーがいませんでしたが、ラーメン投稿している人などを積極的にフォローしたところ、徐々に増え現在は1300人になりました。ラーメン識者からのアドバイスでMr.都市伝説関暁夫の話し方で文章を書いたり、心温まるラーメン標語を書いたりしていました。だいたいが迷走していました。いまは最近出会った「横浜家系ラーメン魂心家」にご執心で、自ら「こん昆しんや慎也」と改名し、ライスバー食べ放題で毎回ライスをおかわりです。「魂心らーめん(醤油)」。あれはほんとうに美味しい。今日もスープを飲み干して「まくり証明書」をゲットしました!やったのだ、やったのだというのが正直な気持ち。
 でも10年前はラーメンより蕎麦ばかり食べていました。大通駅の遊鶴でワンコインそばを毎日のように食べていました。毎日行くので、店員のだいぶ先輩のおねえさんと顔見知りになりましたが、おねえさんが仕事中に貧血で倒れたときはびっくりしました。翌日も食べに行ったら働いていたので安心しました。たしかその後は家族の都合で引っ越して辞めたと思います。
さて、わたしのおすすめラーメンですが、まず西野の「木蓮」、豊平の「武壱」を推しています。あとは「らーめん田中商店もいわ」「麺屋おざわ」「らーめん来斗」「ラーメン小太郎」「麺屋ふくじゅ」「ラーメン木曜日」「らー麺山さわ」がおいしいと思います。
話が長くなりましたが、北海道広告業協会のみなさまにおかれましては、是非私のインスタグラムをフォローしていただき、いいねやコメントをいただけますと幸いです。
また、「こん昆しんや慎也」として活動してまいりますので、案件があればDMお願いします。注意点としてはただラーメンを食べているだけで、ラーメンの詳しい話、スープがどうだとかなんだとかはまったく語れません。そこは申し訳なく思っています。

東急エージェンシー 北海道支社 コピーライター 鎌塚慎平 「個人的な趣味と信仰のハナシ。」

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広告づくりを仕事にして7年くらい経ちました。コピーライターとして、いまは3社目。はじめた頃と比較して、自分にできることもそれなりに増えましたが、それよりもはるかに増えたのは関わる人の数です。広告はひとりではつくれない。
ぼくは趣味で演劇をつくっています。そちらはもう、かれこれ十数年。脚本を書いて、俳優とスタッフといっしょに稽古して、劇場でお客さんに観てもらう。演劇もおなじで、ひとりでは成立しない。

チームでものづくりを進めるうえで大切になるのは、それぞれが感じていることを理解し合うこと。「言語化」という言葉がはやりましたが、この力が相互理解を進めてくれます。共有できない感情を、説明できる言葉へ変換する力。
引き続き趣味のハナシで恐縮ですが、演劇をつくっているとたまに「非言語」や「非論理」を押し通そうとする、無意識のようなものを感じることがあります。「言葉にできないから良いんだよ」という美意識が、「言葉にする」ことを拒否する圧力になっているような気がするのです。
この非言語信仰は、ぼくがいる界隈特有の空気なのかもしれませんし、ぼくの周りの劇団員がロマンチストなだけかもしれませんし、ぼくの思い込みかもしれませんから、これは個人的な愚痴ということになりますが。ぼくはこの空気に抗いたいと思っています。「せっかくヒトなんだから、伝えていこうよ~」くらいのゆるさで。

すべてのことがらを言葉にできるとは思いません。また、言葉にできない領域にこそ、ひとの心をゆさぶる可能性があるとも思います。でも、「言葉にできない」と、「言葉にしない」は少し違いますから、やっぱりこれからも感じたことは言葉にしていきたい。
どんどん言葉にして、どんどん伝えて、その先にやがてたどり着くどうしても言葉にできなかったこと。そこには、その人にとって、あるいはチームにとって、あるいは世の中にとって新しい発見があると思うのです。この新しい「言葉にできない」はとても美しく、力強く、人を動かす力があると信じている。つまり、非言語信仰のロマンチストはぼくでしたという。

ちなみに誰かの「言葉にできない」を、あざやかに(実際は必死に、遮二無二、不安になりながら)言葉にするのがコピーライターで、あざやかに(実際は必死に、遮二無二、不安になりながら)演劇にするのが演出家なんだと思いますが、ぼくはどっちもできている気がしません。生涯「しろうと」の気持ちで、チャレンジを続けていきます。みなさま、これからもどうぞよろしくお願いします。

株式会社電通北海道 山中 怜奈 「ケーキの分け方から学ぶ、“公平”の話」

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わたしはケーキがだいすきです。
最近、妹とカフェでケーキをシェアしたのですが、
そのとき、幼い頃にケーキを分けることで喧嘩したことを思い出し、
懐かしい気持ちになりました。

みなさんにも、そんな経験はありませんか? 

実際、ケーキを平等に分けるのは難しいものです。
ナイフで完璧に半分に切ったつもりでも、
「こっちの苺、ちょっと小さいじゃん!ズルい!」
「なんかそっちの方がクリーム多くない?」
といった文句や不満が飛び交い、喧嘩になってしまうことも…。

本当の意味で“平等”に分けるためには、
ケーキをミキサーで混ぜ、同じ重さになるように
コップに注ぐしかないかもしれません。
でも、それではせっかくのケーキが台無しですよね。

しかし、完璧に半分に分ける“平等”な分割が難しくても、
お互いが納得できる“公平”な分割ならできるかもしれません。

例えば、2人で公平にケーキを分ける方法として、
有名なのが「Cut-and-Choose法」です。

この方法では、
・1人がケーキを好きなように切る
・もう1人が好きな方を選ぶ
というルールを適用します。

「切る人」は、どちらを取られても不満がないよう慎重に切り、
「選ぶ人」は、自分が好きな方を選べるので、
お互いのケーキを羨ましいと思うことはありません。

もしあなたが「切る人」なら、どのようにケーキを切りますか?

実は、必ずしも半分に切る必要はありません。
例えば、苺がたくさん乗っていてチョコプレートもあるケーキなら、
「片方にはチョコプレートを乗せる代わりに、苺を少し減らす」
といった分け方も考えられます。

この分け方は厳密に半分ではありませんが、
どちらを選んでも満足度が同じなら、それは“公平”な分割になるのです。

※3人以上で公平に分けるには、さらに複雑な方法が必要です。
興味がある方は調べてみてください!

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実は、ケーキをどのように分けるのが望ましいか?
という問題は、「公平分割問題」と呼ばれ、
経済学やゲーム理論、数理科学の研究分野の一つです。

わたしは大学時代、経済学部で「ゲーム理論」を専攻していたので、
この問題について当社の採用面接時に簡潔に説明したことがあるのですが、
うまく伝えられず、面接官の反応が微妙だった苦い思い出があります(笑)

※ゲーム理論とは?(by AIチャットサービス)
複数のプレイヤー(個人・企業・国家など)が相互作用する状況において、
それぞれの意思決定が全体の結果にどのような影響を与えるかを分析する数学的な理論

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改めて、ケーキ分割の話のポイントは“公平”ですが、
この考え方は日常のちょっとした場面でも活かせるかもしれません。

例えば、仕事のタスク分担。
多くのタスクを分担する際、必ずしもタスク量を半分にする必要はありません。
それぞれの得意な領域でタスクを分担すれば、タスク量が偏ったとしても
お互いの負担は軽減されるのではないでしょうか。

実際、この考え方を応用し、
「妬みのない」家事分担を実現するアプリも開発されています。

ちょっと真面目な話になりましたが、
ケーキの分け方ひとつで、“平等”と“公平”の違いを考えるのって
なかなか面白いなと思います。

頭を使ってケーキの話をしていたら、無性に食べたくなってきました。
きっと今日は、いつもよりケーキが美味しく感じて、体に染み渡る気がします。
(写真は、書き終わったあとにカフェで食べたチーズケーキ)