「走る」ということ 株式会社 北海道毎日サービス 草野和彦
失敗から何を学ぶか。これが50代最後の夏のテーマだ。
両足の付け根が痛み出したのはスタートから10キロを過ぎたあたりだった。昨年8月31日に開催された北海道マラソンでのことだ。足が重く、体を思うように前に運べない。ハーフを含めて何度かマラソンのレースに出場してきたが、こんなに早い段階で体に異変を感じたことはなかった。最高気温が25.7度まで上がった中でのレース。そのうち給水所のだいぶ手前から歩くようになった。結局、30キロを制限時間の4時間以内に突破できず、レースは強制終了。バスに収容され、ゴール地点に向かった。
完走できなかったレースは初めてだった。バスの車窓の風景をぼんやと眺めながら、むなしさがこみ上げていた。「どうしてこんなことになったのだろう」。
ランニングを始めたのは50歳を過ぎてからだ。理由を一言でいうと「健康のため」だが、それを継続できたのは妻が誕生日プレゼントに買ってくれたスマートウォッチの存在が大きい。それまでも体調管理のため週1程度走ることはあったが、スマートウォッチによって走った時間と距離とが可視化され、「もっと速く」「もっと長く」という動機付けになった。
精神面への効用も大きかった。ランニング中は余計なことを考えず、思考がシンプルになった。朝のランニング中に仕事上の課題解決の糸口を見つけることが増えた。
ランニングが日課になった私がレースに目を向けるようになったのは自然な流れだったのかもしれない。会社の同僚と一緒に出た駅伝レース、ハーフ、30キロに続いて、2023年には初めてのフルマラソンに挑戦し、完走した。陳腐な表現だが、「やればできる」を実感した。
2年前の4月、東京から札幌に転勤となった。最も気になったのは仕事のことより、冬の間のランニングをどうするかということだった。冬用のランニングシューズがあり、それに装着タイプの滑り止めを使用すれば道路が多少凍っていても走れることが分かり、実際にそうした。「北海道にいた証」として、翌年の北海道マラソンをターゲットに定めた。
雪解けとともに走行距離は延び、昨年5、6月と月間走行距離が300キロを突破した。それまでは月間200キロ台だったから、かつてない練習量をこなせていた。
その「代償」か、7月に入ると右臀部の深層筋に痛みが出始めた。正確に言うと、臀部に違和感がありながらも走り続けていた結果、椅子に座っただけで痛みを感じるようになった。鍼治療を受けつつ、走る量も速度も抑えるようになった。まったく走らない日もあった。8月の走行距離は100キロにも満たず、痛みは最悪時を脱していたとはいえ、まだ残っていた。
だから、本番のレースで臀部に痛みが出始めたのは想定内と言えた。だが、両足の付け根の痛みはまったくの想定外だった。体のいろんなところのバランスがおかしくなっていたのかもしれない。「過去一の練習を積んでレースに臨んだ結果がこれか」。収容されたバスの中ではまだ現実を受け入れることができないでいた。
その後、自問自答する中で気づいたのは、「距離を追い求めた過ぎていた」ということだった。本来の目標は北海道マラソンを完走し、できれば自己ベストを出すことだった。ところが月間走行距離が伸びるにつれ、300キロを突破すること自体が目標になっていた。これまで達成したことのない300キロ台に突入すれば本番のレースでの完走はもちろん、自己ベストも間違いない。だから、臀部に痛みがあっても300キロを突破しなければならない――。近視眼的で、根拠のない思考にとらわれたことが、本来の目標を遠ざけることにつながったと思い至った。
臀部の痛みが治まり、再び走り始めたのはレースから3カ月以上過ぎてからだった。それからは「距離を追う」ことをやめた。スマートウォッチを使うが、それは走るペースや走行時間を確認するためだけにした。走り慣れた練習コースであれば走行距離は大体わかるし、「今日は10キロ走る」といった具合に、距離を基準にその日のランニングの計画を立てないようにした。累積の走行距離がわからないようにスマートウォッチのデータも保存しないようにした。
その一方で、「体との対話」を重視するようにした。痛みが出そうな予兆があれば躊躇なく、その日は走らないようにした。痛みがなくても平日は週に1日、土日もいずれかは走るのを休むようにした。フォームも自分なりに改善した。
こうした取り組みがベストだったかどうかは分からない。ただ、8月に入ってからも臀部に痛みは生じておらず、昨年同時期よりコンディションがいいのは明らかだ。本番のコースを使った30キロの試走をすることもできた。あとは8月30日の北海道マラソン当日をけがなく迎えるだけだ。
失敗すればそれを教訓とし、アプローチの仕方を変えて目標に向かう。これはあらゆる面に通じる大事なことだろうし、昨夏からの1年間はそのことを学ぶために必要な期間だったと考えるようにしている。そして何より、身をもって知ることができたという点においてランニングを続けてきてよかったと思う。









